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浦和地方裁判所 平成8年(ワ)152号 判決 1996年10月07日

原告

株式会社産経建設

右代表者代表取締役

荒井一昌

右訴訟代理人弁護士

武藤功

右訴訟復代理人弁護士

小林哲也

被告

山﨑誠一郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(請求の趣旨)

一  被告は、別紙物件目録一1、2記載の各土地(以下「本件土地」という。)についての浦和地方法務局志木出張所平成七年一〇月一六日受付第五一〇五三号所有権移転登記(以下「本件登記」という。)の抹消登記手続をせよ。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

(請求の趣旨に対する答弁)

主文と同旨

第二  当事者の主張

(請求原因)

一  原告は、平成七年七月六日、細田福次(以下「福次」という。)との間で、同人所有の本件土地と別紙物件目録二ないし四の各土地(以下「本件私道」という。)の持分(同二の土地につき一〇分の三、同三、四の各土地につき二分の一)とを、原告が同人から代金三〇〇万円で買い受ける旨の売買契約(以下「第一契約」という。)を締結した。

二  被告は、同年一〇月一一日、福次から本件土地と本件私道の持分(持分割合は第一契約と同じ)とを買い受け(以下、これを「第二契約」という。)、同月一六日、その旨の所有権移転登記を経由した。

三  しかし、被告は、第一契約が締結されたことを知りながら、次1ないし3のとおり、不当な意図の下に、第二契約を締結して本件土地につき本件登記を経由したものであり、いわゆる背信的悪意者であり、原告の本件土地所有権取得についての登記欠缺を主張しうる正当な利益を有する第三者には当たらないというべきである。

1 本件土地周辺の各土地の配置状況は、別紙公図写しのとおりであり、原告は、本件土地の東側に隣接する中宗岡三丁目一三一二番の五ないし八の各土地(以下「原告事業地」という。なお、関係土地はすべて中宗岡三丁目所在の土地であるから、以下、地番だけで表示する。)等に建売住宅を建築、販売する計画をたて、位置指定を受けた道路である本件私道をその建売住宅の進入路として利用するために、第一契約を行ったものである。そして、本件土地は、本件私道と原告事業地との間にある幅一五センチメートルの土地であり、コンクリートブロック塀の敷地となっていた、原告は、これを取り壊して建売住宅の敷地にし、その敷地と本件私道とを直接に接した状態にして、その建売住宅については、私道に面して玄関を設置し、私道からの出入りを前提に駐車場所も設ける計画をし、第二契約締結以前にこれに面する二棟は販売契約締結済みであった。

2 しかるに、被告は、もっぱら、原告による本件私道の利用を妨害する目的で、独立には何らの利用価値がない本件土地を買い受けるべく、病気入院中の福次に強く働きかけて第二契約に応じさせた。

3 被告は、原告側に本件私道を利用させたくない事情を縷々述べるが、いずれも理解しがたく、被告が原告と同じ不動産業をも営んでいることからみると、原告に対する不当な憎悪に基づき、私道利用妨害を計ったとみるべきである。

よって、原告は、被告に対し、本件土地所有権に基づき、被告が同土地につき経由した本件登記の抹消登記手続を求める。

(請求原因の認否)

一  請求原因一、二は認める。

二  同三のうち、被告が第一契約を知って第二契約を締結したこと及び本件土地周辺の各土地の配置状況が公図写しのとおりであることは認めるが、その余の主張はすべて争う。被告は、長年利用してきた本件私道が、原告の建売住宅販売事業のために不当に利用され、環境の変化等で損害を被るので、これを阻止すべく第二契約を締結したものであって、これをもって、背信的であるということはできない。その経過、理由の詳細は次のとおりである。

1 本件私道及びこれに接続する一三一三番八の土地は、一三年前に、これに面する同番四、五、九、一〇の各土地が分譲された際、右各土地の進入路とすべく、道路位置指定を受けた道路であり、本件土地は、その際に分筆され、本件私道の東側の金子糸吉所有の一三一二番三の土地(同番五ないし一一の各土地は、平成七年にこの土地から分筆された。)との境界を画するブロック塀が設置されていたのである。右のとおり右金子所有地はブロック塀で隔てられ、有料駐車場として使用されていたから、同土地の使用は本件私道とは全く無関係であり、本件私道は、もっぱら一三一三番四、五、九、一〇の各土地の居住者である福次の関係者、菅原啓喜、本多劦及び被告の四家族(以下「被告ら四軒」という。)が利用してきたのである。

2 しかるに、原告は、原告事業地(右一三一二番三の土地の一部)の建売住宅の進入路として本件私道を利用すべく、福次に対し、被告ら関係住民も承知していると偽り、第一契約を締結させ、その後、これを知った被告ら関係住民の反対を無視して、建物建築を強行した。

3 本件土地が原告の所有となり、その地上のブロック塀が取り壊されるときは、本件私道に面して玄関、駐車場所等が計画された建売住宅の居住者は、本件私道を通行し、さらに自動車での出入りにも利用することになり、本件私道の利用関係は、これまでの被告ら四軒だけでの利用とは、激変することになり、被告の住環境にも多大な悪影響が生じる。

4 そこで、被告は、原告側による本件私道の進入路としての利用を正当な手段で防止するために、福次に第二契約締結を働きかけ、福次も、被告ら関係住民が原告側による本件私道の利用を予め承知していたとの事実が虚偽であることが分かったため、これに応じて、第二契約を締結したものであって、被告が、福次に第二契約締結を強制したものではない。

5 なお、被告が第二契約を締結したのは、前記2のような原告の不当な行為が被告の住環境にも悪影響を及ぼすからであり、原告に対する不当な憎悪によるものではない。

(抗弁)

一  原告と福次との第一契約には、被告ら関係住民全員の賛成が得られないときは、これを解除することができる旨の約定があった。

二  福次は、平成七年八月二〇日ころ、原告に対し、電話にて、右約定に基づき、第一契約を解除する旨の意思表示をした。

(抗弁の認否)

すべて否認する。

第三 証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり

理由

第一  当事者間に争いがない事実

第一契約、第二契約がそれぞれ締結されたこと及び第二契約に基づき被告が本件土地につき本件登記を経由していることは、いずれも当事者間に争いがない。

第二  被告の背信的悪意の成否について

被告が第一契約を知りながら第二契約を締結したことは、当事者間に争いがないので、被告が、それを知りながら第二契約に基づき本件土地を取得したことが背信的であり、原告が本件土地につき登記を経由していないことを主張しうる正当な利益を有する第三者から除外されるかどうかについて、判断する。

一  本件土地周辺の各土地の配置状況が別紙公図写しのとおりであることは当事者間に争いがないところ、成立に争いがない甲第一号証、第五号証、第八ないし第一三号証、乙第六号証の一、二、原本の存在とその成立とに争いがない甲第二号証、本件私道付近の写真であることに争いがない甲第六号証、乙第八号証、被告本人の供述により真正に成立したと認められる乙第二号証、第四号証の一ないし四、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第三号証、証人細田松子の証言、原告代表者、被告本人の各供述及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

1  本件土地付近の各土地は、もと農地であった。そして、本件私道及びこれに接続する一三一三番八の土地は、昭和五九年ころ、これに面する同番四、五、九、一〇の各土地が分譲された際、右各土地の進入路とすべく、道路位置指定を受けた道路であり、本件土地は、その際に分筆された幅一五センチ余り、長さ18.6メートル余の土地で、その地上に本件私道の東側の金子糸吉所有の一三一二番三の土地(同番五ないし一一の各土地は、平成七年にこの土地から分筆)との境界を画するブロック塀が設置されていた。

2  右一三一二番三の土地は、右ブロック塀設置当時は田であり、その後、有料駐車場とされていたが、その利用に当たり、本件土地上のブロック塀で隔てられた本件私道を利用する余地はなく、本件私道は、主として前記四筆の土地上の建物居住者である被告ら四軒により利用されてきた。

3  原告は、建売住宅の建築販売を含む不動産業を営むものであるが、死亡した金子糸吉の相続人から一三一二番の三の土地の処分に関し相談を受け、平成七年六月ころ、その一部である原告事業地に建売住宅四棟を建築、販売する事業計画をたてた。その計画には、右事業地内に進入道路を設けると土地の有効利用が難しいため、本件土地を取得して、そのブロック塀を取り壊し、これを建売住宅の敷地として、本件私道を右建売住宅の進入路として利用することが含まれていた。

4  そこで、原告の意を受けた市之瀬八江子(原告代表者の妹)は、福次方を訪れ、右計画の概要を説明し、近所の人にも納得して貰っていると言って交渉し、同年七月六日、代金を三〇〇万円とし、本件私道に面する建売住宅三棟が販売されるごとに一〇〇万円ずつ支払うとの約定により、本件土地及び本件私道持分を対象とする第一契約を締結した。

5  被告や菅原、本田は、第一契約成立後に初めて原告の右事業計画を知り、福次及びその妻細田松子(以下「松子」という。)に対し、本件ブロック塀が壊され、本件私道が右建売住宅の進入路に利用されるようになることは、住環境にも悪影響があり反対であると申し入れたため、福次は、同年八月末ころ、原告に対し、近所の反対があるので、計画を一時停止して欲しいと連絡した。

6  原告は、同年九月初めころ、原告事業地における建売住宅を着工したが、その際、一三一二番六の土地上の建売住宅については本件私道に面して玄関を配置し、その敷地内駐車場所も本件私道から進入するとの当初の計画を変更することはなかった。

7  被告は、同年一〇月初め、右各建売住宅の販売広告が出されたことを知り、また、右建築工事の進展状況を見て、原告が、本件ブロック塀を取り壊して、本件私道を建売住宅の進入路として利用する当初の計画を変更しないものと判断し、これを阻止するためには、自らが本件土地を買い受けるほかないと決意し、本田、菅原にも話をした上、福次に対し、第二契約の契約締結を申し入れ、同月八日、代金を第一契約と同額の三〇〇万円とする第二契約を締結して、まもなく、その代金全額を支払った。なお、右契約書には、以後、原告との交渉は、被告側において行うこと、第二契約は住居、環境の保全の目的のために行うもので転売目的ではないことが、特約として記載されている。

8  原告は、第二契約締結及びこれに基づく本件登記経由を知り、同月二七日、不動産業も営む被告も加盟する埼玉県宅地建物取引業協会県南支部に仲裁の申立てをし、被告の取得価格の二倍に相当する六〇〇万円の対価で被告が原告に本件土地所有権、本件私道持分を移転する旨の和解案を提示したが、被告に拒否された。

9  原告は、同年一一月二六日、松子(同年一〇月二七日死亡した福次を相続)との間で、本件私道のうち、別紙物件目録二の土地の持分一〇分の三、同目録四の土地の持分四分の一を代金二〇〇万円で買い受ける旨の売買契約を締結し、同月二八日、持分移転登記を経由した。

原告は、一三一二番五、六、七の各土地上の各建売住宅を完成させ、これを販売し、既に買受人が居住している。そして、同番五の土地上の住宅は他の私道を経由して自動車の進入を含めた進入が可能であるため、本件土地問題の影響はないが、同番六の土地上の住宅については、本件私道中、別紙物件目録四の土地の東端から人が出入りすることは可能なものの、本件ブロック塀に妨げられて自動車の出入りはできないとの影響が生じている。また、同番七の土地上の住宅については、北側道路に面するため出入りに関する影響はないものの、本件土地が敷地でないため角地とならず、住宅ローンによる融資に関し、有利な角地適用が受けられないとの影響が生じている。

二1  右認定事実によれば、被告は、原告が本件土地上のブロック塀を取り壊し、これを建売住宅の敷地とし、これに接する本件私道を右建売住宅三棟の進入路等として利用する計画を知り、これまで、主として被告ら四軒で利用してきた本件私道が、被告ら四軒が知らないまま、これまでは全く利用していなかった東側隣接地の新設建売住宅のための進入路としても利用されることが不当であり、自分たちの住環境にも悪影響があるとして反対し、これを阻止する目的で、第二契約を行ったということができる。そして、第二契約による本件土地取得は、右目的を果たすための手段であり、被告にとって、本件土地の取得が他に格別の経済的利益をもたらすものではないことは、原告が指摘するとおりである。

しかし、被告がこれを取得することにより原告の建売住宅販売事業を妨害し、これに困惑した原告から、経済的に不当な利益を挙げることを目的として本件土地を取得したとまでは、原告も主張するものではなく、被告本人の供述によれば、前記一8判示のとおり被告が原告の六〇〇万円での本件土地等譲渡の和解申入れを拒否したのも、更に多額の対価を要求したものではなく、あくまで、本件私道を建売住宅の進入路として利用させる気にならなかったためであると認められるのである。また、被告が、原告に対する怨恨等により原告の右建売事業を妨害していることを認めるにたりる証拠はなく、かえって、原告代表者、被告本人の各供述によれば、原告代表者、被告は、本件土地問題が生じるまでは、同じ地域で不動産業に携わるものとして、通常に取引を行い、私的な交際もあったことが認められるのである。

2  そして、道路位置指定を受けた私道については、その位置指定処分の反射的利益として、何人もこれを通行する自由があるから、原告が本件土地を取得してその地上ブロック塀を取り壊した上、その東側に隣接する建売住宅の出入口を本件私道側に設け、自動車による出入りを含め、本件私道をその進入路として利用することを計画することは何ら違法なものではないことはもとよりである。

しかし、本件私道が、昭和五九年ころに位置指定されてから一〇年以上の間、主として被告ら四軒により利用されており、本件ブロック塀で隔てられた原告事業地側からは利用される余地もない状態にあった経緯を考えるときは、右事業計画に基づき第一契約が締結されたことを事後に知り、被告がこれに反発したのには、相当な理由があるというべきであり、また、本件私道に接する住居が増加して本件私道を恒常的に利用する者も増えるために、本件私道の従来の利用が影響されることを嫌う心情にも相当な根拠がある。そして、建売住宅販売事業のために本件土地を取得したとの原告の意図と、右事業による現状の変化を嫌うために本件土地を取得した被告の意図との間に、社会的価値における優劣をつけることはできないというべきである(原告の当初の事業計画によっても、本件私道を利用することになる建売住宅は三棟であるから、それによる恒常的な利用者の増加はせいぜい一〇名程度であるとみられるから、これにより被告ら四軒の住環境が激変するとする被告の主張自体は、根拠が乏しいともいえるが、だからといって、従来のままの利用関係を維持したいとして被告が反対することを不当であると評価することはできず、右目的のための被告の土地取得が、前記事業目的のための被告の土地取得より、劣後すると評価することはできないのである。)。

なお、前掲甲第六号証、原告代表者、被告本人の各供述によれば、被告や本田は、これまで、本件私道及びこれに接続する一三一三番八の土地上に、その所有する自動車を駐車させ、いわば、これら私道を駐車場代わりに利用してきたことが認められ、原告代表者の供述によれば、被告は、前記和解交渉の際、原告代表者に対し、駐車が困難になる点を指摘したことが認められるから、被告の反対理由には、このような利用が制約されることに対する懸念もあったことを推認しうる。そして、その保有車両につき保管場所を確保せず、位置指定道路を事実上の保管場所として利用することは、法令上許さないことである。しかし、被告が原告側の本件私道利用計画に反対した理由が、もっぱら私道を保有車の保管場所として利用し続けることにあったと認めるに足りる証拠はないのであり、しかも、もっぱら右理由により反対したとしても、そのことと本件土地取得の背信性とは直接に結びつくものではないといわざるをえない。

3  また、福次は、被告らからの申入れを受けて、原告に事業計画の一時停止を要望したのに、原告は、第一契約を前提に事業計画を推進し続けたのであり、そのため、福次は被告との第二契約締結に至ったのであって、被告が、福次に第二契約締結を強制したとの事実を認めるに足りる証拠はないから、第二契約の締結経過が、被告の背信性を基礎付けるということもできない。

三  結局、右一、二で判示したところからすると、被告が第二契約により本件土地を取得したことが、第一契約を締結していた原告との関係で、背信的であるということはできないのであり、被告が背信的悪意者に当たるとの原告の主張は採用することができない(なお、前記各建売住宅が完成して既に販売され、特に、一三一二番六の土地上の住宅取得者は自動車の出入りもできない状態にあることを考えるときは、近隣関係者間で、本件土地及びその地上のブロック塀に関し、何らかの円満な解決を図られることが期待されるが、このことは、本件の帰趨とは別の問題である。)。

第三  結論

したがって、その余の点について判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官小林克巳)

別紙物件目録<省略>

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